「お金って何?」子どもからそう聞かれて、さっと答えを言える親御さんは、本当にすごい!
私は長女に初めて質問された時、ドキッとしたと同時に、なんと答えていいかわからず、「大事なもの」と誤魔化した記憶があります。
何の知識もない、まっさらな子どもにお金のことを伝えるのは、簡単なようで難しいものです。
欲しいものを何でも手に入れられる、魔法のお札やコインのように思ってしまっても困りますよね。
では、お金の使い方を教える前に、そもそもお金はどうして生まれたのか、というところから話してみてはいかがでしょうか。
お金がなかった時代
皆さんは、お金の始まりをご存じでしょうか。
私が娘たちに話した時は、日本昔話の「わらしべ長者」を例にした記憶があります。
わらしべ長者では、最初に持っていた一本のわらを、相手が欲しがるものと次々に交換していきます。
昔の人たちも、これと似たように、自分が持っているものと相手が持っているものを交換して暮らしていました。
いわゆる「物々交換」です。
たとえば、自分が持っている魚と、誰かが持っているお米を交換する。
自分が作った野菜と、誰かが作った道具を交換する。
お互いが相手の持っているものを欲しいと思えば、交換は成立します。
昔のお金の代わり
大昔にも、現在のお金と同じような役割をするものがありました。貝や塩、米などです。
長く保存できるもの。
多くの人が欲しがるもの。
どれくらいの価値があるのか、みんなが理解しやすいもの。
そうしたものが、お金の代わりとして使われていたのです。
「加賀百万石」という言葉を聞いたことがある人もいるでしょう。
この「石」は、江戸時代まで使われていた、お米の量を表す単位です。
一石は、およそ180リットル。重さにすると、お米約150キログラムほどです。
大名の領地の広さや豊かさを、どれくらいお米が取れるかによって表していたことからも、お米が当時とても大きな価値を持っていたことがわかります。
ただし、当時の一石をそのまま現在のお金に換算することはできません。
大切なのは、お米が食べ物であると同時に、豊かさや価値を表す基準にもなっていたということです。
物々交換は意外と大変
物々交換には、不便なところもあります。
たとえば、自分が漁師だとしましょう。
手元には魚がたくさんありますが、お米が足りません。
そこで、お米と交換したいと思います。
けれども、誰でも交換してくれるわけではありません。
お米を持っていて、なおかつ魚を欲しがっている人を、魚が傷んでしまう前に探さなければならないのです。
考えただけでも大変ですよね。
お金が交換の橋渡しをする
そこで登場したのが、みんなが共通して価値を認める「お金」です。
お金があれば、お米を持っていて魚を欲しがっている人を、直接探す必要はありません。
まず魚を欲しい人に魚を渡し、その代わりにお金を受け取ります。
そして後から、そのお金を使って、お米を持っている人からお米を分けてもらうことができます。
お金が間に入ることで、交換がずっと簡単になったのです。
私たちは普段、「お金で物を買っている」と考えています。
でも、本当はお金そのものが欲しいわけではありません。
自分が働いたことや、誰かに渡した価値をいったんお金に替え、そのお金を使って、自分が必要なものや欲しいものと交換しているのです。
つまり、昔の物々交換と、していることの本質はそれほど変わっていません。
お金は魔法ではなく、交換の道具
子どもから「お金って何?」と聞かれたら、今ではこう答えます。
「お金は、みんなが欲しいものや必要なものを交換しやすくするために作った道具なんだよ」って。
年代によって、伝えなきゃならないお金の側面は他にもあるとはいえ、最初の一歩はここからかなと。
お金が勝手に食べ物やおもちゃを生み出してくれるわけではありません。
その向こうには、野菜を育てた人、商品を作った人、運んだ人、お店で売ってくれた人など、たくさんの人の働きがあります。
お金は、人と人の間をつなぎ、それぞれが生み出した価値を交換するためのものなのです。
お金の始まりを知ると、お金は単なるお札や硬貨ではないことが見えてきます。
誰かの働きと、自分の生活をつなぐもの。
自分が誰かに渡した価値と、必要なものを交換するためのもの。
そんな話から始めれば、子どもにも「お金を大切にする理由」が少しずつ伝わっていくのではないでしょうか。
